• 暗黒の世界(3)


    食堂の入り口付近は廊下からの光がとどくので、
    そこにテーブルをひとつ持ってきて食料置き場兼食事用のテーブルにした。
    その日はそのテーブルの横で眠った。

    翌朝、起きるとさっそく生存者捜しへと出発した。
    私も基地の奥まで行くのは初めてだ。

    廊下はちゃんと電気が点いていて明るいのだが、
    部屋はどれも真っ暗だった。
    廊下には窓があって外の様子が眺められるけど、
    暗黒の世界が広がっているだけで窓の外には何もない。

    「見て。すごい物があるよ」
    先を歩いていたオバさんが手招きして私を呼んでいる。
    子供のようなはしゃぎっぷりだ。

    「宇宙船みたい」
    窓の外にオバさんの言う宇宙船が見えた。
    窓の外に何かが見えたのはこれが初めてだ。

    「スゲー、宇宙船だ」
    「宇宙船じゃんくて潜水艦じゃないの?」
    「違うよ、宇宙船だよ」
    オバさんはゆずらない。
    市営バスほどの大きさなので潜水艦というより潜水艇と
    呼んだ方がふさわしいのかも。

    「見て憂!こっちに乗り口がある!」
    オバさんは駆けていった。

    少し先に潜水艇へと続く渡り廊下があった。
    細く狭いトンネルみたいな廊下だ。
    人ひとり通るのがやっとだろう。

    オバさんはどんどん突き進んで行く。
    しかし奥へ行けば行くほど暗くなっている。
    あの人は暗闇が怖くないのだろうか。

    トンネルを抜けるともうほとんど真っ暗闇だった。
    広い場所に出たのはわかったが、暗くて何も見えない。

    すると突然あたりが明るくなった。
    私はまぶしさに目を細めた。
    そこはコクピットみたいな空間だった。
    思ったよりすいぶん狭い。
    自動車の車内ぐらいの広さだ。
    運転席と助手席が並んでいて、
    前には操縦かんやスイッチ類が並んでいる。

    「いい物見つけちゃった」
    オバさんは浮かれた様子で運転席に座り、操縦かんを左右に動かしたり、
    あたりのスイッチをいじったりしている。

    「テキトーに触ったら壊れるよ」
    「だって触ってみなければわからないじゃん。明かりだってそうやって見つけたんだから」
    オバさんはひとつのスイッチを押した。
    するとあたりが暗闇に包まれる。
    突然すべてが消えてなくなったような錯覚をおぼえた。
    もう一度押すと再びあたりが明るくなった。

    「これで脱出できるの?」
    「いや、ダメみたいだね。鍵がないんだ」
    オバさんは操縦かんの横をコツコツたたいて示す。
    確かにそこにはキーを差し込む穴がある。

    「そこに鍵を差せば動くの、これ?」
    「動くんじゃないの」
    オバさんは笑顔をみせた。
    「鍵がどこかにあるはずだから、それを探そう。家に帰れる日も近いよ、憂」
    「そうだといいけど」

    オバさんが席を譲ってくれたので私も操縦席に座ってみた。
    操縦かんまでやっと手が届く感じだ。
    操縦はオバさんにやってもらわないといけないようだ。

    運転席の前には電光パネルのようのものがあるのだが、
    今は何も映ってはおらず暗いままだ。
    鍵を差せばこれも電気がついて光るのだろう。

    「ここがアクセル。こっちがブレーキ。その横がクラッチ」
    オバさんが足元のペダルを解説してくれる。
    「またデタラメ言って」
    「本当だよ。あたしちゃんと免許持ってるんだから」
    「オバさん潜水艦の免許を持ってるの?」
    「自動車の免許だよ。潜水艦の免許なんて持ってるわけないじゃん」
    「やっぱりテキトーだ」
    「でもよく似てるよこれ、クルマに。多分動かし方も似たようなものだと思う。誰でも運転できるように自動車のような造りにしてあるんだよ、意図的に」
    「意図的?」
    「そう。これはつまり脱出艇なんだ。だから民間人でも運転できるような造りになってる」

    オバさんの説明は正しいことのように思えた。
    サイズからいってこれは緊急脱出用の潜水艇なのかもしれない。

    そのままコクピットで一時間ほど休憩したあと、基地内に戻った。
    鍵がどこかにあるはずだから、まずそれを見つけないと。

    近くの部屋に入ってみる。
    中は暗いけど捜査しないといつまでも鍵は見つからない。
    入り口のドアを開けたままにしておけば少しは光が入ってくる。

    そうやって潜水艇ちかくの部屋を次々と見ていった。
    事務所みたいな部屋や倉庫として使われていた部屋などが並んでいた。
    どの部屋も電気が点かず真っ暗だ。
    しかしひとつだけ機械が作動していて電気が通っている部屋があった。
    部屋の明かりはやはり点いていなかったが、置かれた機器類が動いていて、
    電光パネルなどが出す光のせいで部屋はほんのり明るかった。

    いろいろなパネル、スイッチ類。
    私にはそれが何の機械なのか見当もつかなかった。
    オバさんは潜水艇のときのようにうかつにスイッチを押したりはしなかった。
    今回は慎重に機械を調べている。
    さすがに動いているものは無闇に触らないようだ。

    「何かわかった?」
    しばらくしてそう訊ねた。
    「この部屋は多分基地のボイラー室みたいなものみたいだね」
    「どういうこと?」
    「基地内に送られる酸素や電気をここでコントロールしているらしい」
    「それがボイラー?」
    「ボイラー室のたとえはもう忘れて。思いつきで言っただけだから」
    「よくわからないけど、ここがコントロールセンターってこと?それなら基地内に明かりをつけるスイッチがここにあるんじゃない?」

    オバさんは返事を返さず機械の点検をはじめた。
    今度は見るだけではなく、スイッチを触っている。
    「大丈夫なの?壊さないでね」

    オバさんは一通り触り終えると、ある電光パネルの前で立ち止まった。
    厳しい表情でパネルを注視している。
    「電気を点けるスイッチは見つかった?」
    「見つかったけどダメみたいだ。配線がどこかで切断しているんだと思う」

    オバさんが私の体を引き寄せた。
    私の体を抱きしめながら顔を寄せてきて頬ずりをする。
    「憂。重大発表なんだけどさ。どうやら電気も酸素も残りがほとんどないみたいなんだよね」
    オバさんらしからぬ弱々しい声だった。
    何か大変なことになっているらしい。

    「どれぐらい残ってるの?」
    「酸素はもうほとんど残ってないみたい。電気もそう。いつ停電になってもおかしくないと思う
    計器が狂っていないとしたら、あと24時間ぐらいで無くなるみたい」
    「停電になったらどうなるの。真っ暗だよね。酸素がなくなると息ができないよね」
    「電気が止まると多分あの潜水艇も動かなくなると思う。息ができないと多分あたしは死ぬと思う」
    私はオバさんの腕をすり抜けた。
    「じゃあ早く鍵をさがさないと」
    オバさんもそれに賛同するようにうなずいた。

    電気や酸素の供給が止まる前に鍵を見つけられなかったら、
    ここは本当に暗黒の世界になってしまうだろう。
    そしてそうなったら、もうここから私たちが出て行くことは二度とできない。

  • 暗黒の世界(4)


    鍵を見つけるために私とオバさんは一緒に基地内の部屋を探してまわった。

    しかし見つからない。

    どの部屋も明かりが消えていて真っ暗なのが、見つからない原因だろうか。
    鍵はこれまで見てきた部屋のどこかにあったのかもしれない。

    でも私たちには見つけられなかった。

    その日は捜査をあきらめて寝床に戻った。
    テーブルに向かい合って座り、食事をした。
    疲れているためか、食べ物がうまくのどを通らない。

    「すいぶん暗い顔してるね、憂。元気出しなよ」
    「出ないよ」
    「心配ないって。鍵は絶対見つかる。あしたまた探せばいいじゃん」
    「でも時間がないんでしょ?24時間って言ってたよね」
    「確かにメーターでは酸素はあと一日分しかなかった。でも電気はもう少し持つと思う。3日か、長ければ5日はいけるはず。大切なのは電気だよ。」
    「酸素じゃないの?息が出来なかったら、電気が残ってても意味ないよ」

    それともこのオバさんは酸素なしで生きていける半魚人か何かだろうか。

    「酸素は確かにもう残ってない。明日のお昼ぐらいには無くなってしまう。でもね、この基地はけっこう広いだろ?館内にはまだたっぷり酸素が充満してる。それが残っているかぎり窒息死したりはしない」

    そういうことかと私は納得した。
    空気の供給は止まる。
    でも基地内の酸素は急にはなくならない。どこかに漏れていってるわけではないのだから。

    「それならそうと教えてくれればいいのに。あと24時間で死ぬと思ってた」

    オバさんは陽気な笑い声を立てた。
    「あたしも最初気づかなかったんだよ。鍵を探しているときに気づいた。そういえば酸素が止まっても基地内には酸素がいっぱいじゃんって」

    つられて私も声を出して笑った。
    オバさんの笑顔を見てると心が和んだ。
    何も心配いらない。鍵はきっと見つかる。
    そう思えた。

    夜は静かだった。
    物音もない空間で私は突然目を覚ました。
    まだ深夜だった。
    食堂の壁にかかっている時計がそれを伝えている。

    隣に目をやるとオバさんの姿がなかった。
    食事用のテーブルの横にふたりで並んで寝ていたはずなのに。

    あたりをうかがったがどこにもいない。
    暗くて見えないだけかもしれない。
    私と同じように夜中に突然目が覚めて、
    ちょっと散歩にでも行ってるのだろうか。

    私はそれからしばらく寝付けなかった。
    床に横になって薄暗い天井を見つめながら、
    オバさんが帰ってくるのを待ち続けた。

    そばで何かがボリボリいっている。とてもうるさい。
    目を細く開けると、テーブルに座ってお菓子を食べているオバさんの
    姿が見えた。

    「おはよう」
    オバさんは言った。
    時計の針はもう朝を指している。

    私は起き上がり、オバさんの隣に座った。
    オバさんがお菓子を勧めてきたので逆らわず受け取り、
    口に入れる。
    半分目を閉じながら口の中でお菓子をほおばる。

    「夜中どこに行ってたの?」
    「どこも行ってないけど」オバさんは口をモゴモゴさせながら答える。「どうして?」
    「夜中起きたたらオバさん居なかったよ?」

    オバさんは怪訝そうな表情を見せる。
    私はそれ以上なにも聞かなかった。
    何かの思い違いなのかもしれない。
    あるいはオバさんが夢遊病にでもかかっているのか。

    その日も基地内をまわって鍵を探した。
    まだ入ったことがない部屋をどんどん調べていく。
    だけど見つからない。
    鍵なんて永久に見つからないような気がしてくる。
    本当ははじめからそんな物はないのかもしれない。

    お昼は食堂まで戻らずに持参したお菓子を食べた。
    ソファーを置いてある部屋があったので、そこに並んで座り、
    クッキーやチョコレートを食べる。
    部屋は電気が点いてないので暗いから、入り口の扉を開けたままにしておいた。

    「鍵、見つからないね」
    「うーん」
    「どうやったら見つかるのかな」
    「うーん」

    気のない返事ばかり返すオバさんを、私は突っついた。
    オバさんはビクンと反応する。

    「なに?」
    「なんか気の抜けた返事ばかり。うわの空っていうか」
    「そうかな」
    「鍵を探しているときだって、なにか別のことを考えているみたいだったよ」

    ふたりで部屋を見てまわったけど、オバさんはいつもより口数が少なかった。
    昨日と比べると明らかに様子が違っている。

    「オバさん、何か変だよ」
    「変?」
    「変だよ。どう見たって」

    昨日の夜中のことが関係しているのだろうか。
    オバさんはどこか体でも悪いのかもしれない。
    夢遊病のせいで。

    「ねぇ、憂。あたし昨日変な夢を見たんだ」
    「変って、どんな夢?」
    「夢にしてはリアルで、まるで現実のことみたいなんだ。何もかもが鮮明で」
    「どんな内容なの?」
    「鍵を探してる夢」