暗黒の世界(5)


オバさんは昨日見た夢をくわしく話してくれた。
夢の中でのオバさんは、東京に住むOLだった。

「webデザイナーの仕事をしてるんだ。企業のホームページとかを作る」

しかし近いうちに退社するつもりらしい。
オバさんは妊娠しているのだ。
もうすぐ子供が生まれるのだ。

「でも婚約者は死んでしまった。事故でね」

ふたりは結婚式を間近に控えていた。
街中に新築のマンションも購入していた。

「その日、あたしとその婚約者はふたりで完成したマンションを見に行ったんだ。すごくオシャレなマンションで、部屋からの展望もとてもキレイだった」

でもその帰り道、
カーブに差し掛かった所で、ふたりの乗った車にトラックが突っ込んできた。
車は吹き飛ばされ、そのまま崖を転げ落ちた。
運が良かったのかオバさんはなんとか一命を取りとめたけど、
婚約者は助からなかった。

「あの人がかばってくれたんだ。だからあたしだけ助かった」
「どうやってかばってくれたの?」

それはわからないとオバさんは言った。
でも、自分が助かったのは、
あの人のおかげなのだと。

「マンションの鍵をなくしたんだ」

二人で住むはずだったマンションの鍵が
なくなったらしい。
オバさんは休日になると事故現場に赴き、
崖を降りてあたりを探している。

「でも見つからないんだ。そばの池に落ちちゃったのかな。もしそうだとしたら困るな」

もう必要のない鍵をなぜオバさんは探し続けているのだろう。
私にはわからなかった。
それでもオバさんは休みになると毎週鍵を探しに行ってる。

「じつはあたし、毎日この夢を見てるらしいんだ。昨日突然こんな変な夢を見たわけじゃないなくて。ずっと前から見ていたけど忘れていただけみたい。昨晩そのことに気づいた」
「いつから?」
「わかんないけど、ここ何日かはずっと毎晩同じ夢を見てるような気がする」

すごく鮮明な夢らしい。
まるで本当のことのように感じるらしい。

「憂は夢とか見ないの?」

私は少しのあいだ考えてみた。
忘れているだけで、じつは私も何かおかしな夢を見ているかもしれない。

その日も結局鍵は見つからなかった。
私たちは食堂に戻り、
食事を済ませて眠りに着いた。

基地内は異様に静まり返っていた。
すべてが死に絶えてしまったかのように。

酸素の供給が止まったせいだろう。
昨日まではちゃんと動いていたこを、
私は静寂から学んだ。

ほとんど音のない世界で、
私は静かに眠りに落ちていった。

物音で私は目を覚ました。

嵐が吹き荒れてるような音だった。
まるで台風の真っ只中にいるようだ。

まだ明け方といっていい時間ではあるが、
音がうるさくて眠れないので起きることにした。

オバさんはいない。

私は廊下に出てあたりを探した。
窓から外を見るといつもと何もかわらない。
別に嵐が通り過ぎているわけではないようだ。

ではこれは何だろう。

かすかに地面が揺れていた。
地震でも発生したのだろうか。
建物全体がきしんでうなり声をあげていた。

そして音はどんどん大きくなっていいてる。

「憂!」

振り返ると走ってくるオバさんが見えた。
髪は乱れ、表情からはアセリが感じられる。
たまらず私は走りだしていた。

「すごい音がしてるよ。何これ?」
「建物が崩れかけてる」

オバさんの早口が聴き取れなかったので、
もう一度尋ねた。

「基地が崩壊していってるんだよ!」

私より早く音で目を覚ましたオバさんは、
何が起きているのか様子を調べに行ったらしい。

基地内のいくつかの箇所で崩壊が起きているとのこと。
渡り廊下などの細い部分や弱い部分から
どんどん押し潰され始めているのだ。

「酸素が止まったことが原因かも」
「どういうこと?」
「あたしもよくわからないけど、気圧のバランスが崩れたのが原因の可能性はある。ここは深海だから建物にはすごい水圧がかかってるんだ。それを空気で食い止めていたんじゃないのかな」
「この建物はどうなるの?」

突然大きな揺れがやってきた。
音と共に地面が激しく揺れだす。

私もオバさんも立ってはいられなくて床に倒れ込む。

音が襲ってくる。
今にも建物が爆発しそうな勢いで。
私とオバさんは身を寄せ合って必死に耐えた。
大地震と台風がいっぺんにやって来たみたいだ。

そうしていると、轟音と激しい揺れはいったんは弱まった。
しかし完全に止んだわけではない。
断続的に大きな揺れが襲ってきて、
音もそれに合わせて激しくなる。

「憂、鍵を探そう。このままでは基地が崩壊する。もう脱出するしかない。」

オバさんの言うとおりだ。
このまま地震に怯えていては何も始まらない。
鍵を見つけて早くここから脱出しないと。

私たちは立ち上がり、廊下を進んだ。

「時間はどれぐらいあるかな?」
「この様子だとそれほど時間は残されていないと思う。もうほとんど残っていないかも」
「急いで鍵を探さないと。間に合わなかったら基地ごとペッチャンコでしょ」

まず潜水艇の確認に向かった。
途中、通路が崩壊していて以前は通れた道が進めない箇所があった。
別の迂回路から遠回りするしかなかった。

少し手間取ったが、
到着すると潜水艇は無傷でそこにあった。

しかし地震に合わせてガタガタ揺れており、
いつ破裂してもおかしくない様子だった。
とくに潜水艇へと進む通路は細くて、
今にも折れそうだ。

「時間がない。手分けして探そう」

その方がいいだろう。
一緒に探していられる状況ではなかった。

オバさんは階段から下の階へと降りていくことになった。
私はこの階の奥を探すことになった。

まだ一度も足を踏み入れたことがないエリアだった。


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