さまよう生者たち(4)


私は失くした記憶を少し思い出したような気がした。
はるか昔に忘れてしまった遠い記憶。

音が遠のいていく。

私を探し、追ってきたはずの不気味な音が遠ざかり、
どこかへ去っていく。

気づくともう私は震えてはいなかった。
何者にも怯えてはいなかった。
遠い日の記憶に浸りながら、過ぎ去った時間のことを考えていた。

あたりは静寂を取り戻した。

私は静けさの中に横たわり、
薄暗くなり始めた空を見つめていた。

体を起こしてあたりの様子を確かめてみる。
茂みが何者かに荒らされたように荒れていた。

音がすぐ近くまできたことを証明付けるように。

突然遠くで悲鳴のような動物の鳴き声がした。
私は立ち上がろうとしていたが、
動きを止めた。

さらにもう一度大きな泣き声が聞こえた。
断末魔の叫びのようだ。

私は立ち上がり、声の正体を確かめようとあたりを見渡した。
声のした方は果てしない森が広がっているだけだ。

ここからでは何も見えない。

私はそうやってしばらく森の奥に目を凝らしていた。
しかしもう声がすることはなかった。
声も音もどこかへ去ってしまったように森は平穏を取り戻していた。

空は日暮れへと向かっていた。
私はとりあえず歩くことにした。
行くあてなどなかったが、その場に留まっているよりはましに思えた。
不気味な音が追っかけてきたこの場所からは早く離れた方がいいだろう。

私は急速に暗くなり始めた森をさらに奥へと歩いていった。
声がした方とは逆の方角へと。

あの断末魔の声の主はあの不気味な音にやられたのかもしれない。
草食動物が肉食獣に襲われたような声だった。
音に捕食されてしまったのだろうか。

本当は私がやられるはずだったのだ。
声の主は私の身代わりにされたのだ。
本当は私がどこかに連れ去られるはずだったのだ。
きっと。

捕食者は息を殺していた私の気配を見失ったのかもしれない。
代わりに近くを通りかかった草食動物を追って私のもとからは遠ざかっていったのだろう。

誰も何も教えてくれないので私は自分なりにそう解釈するしかなかった。
音は不気味で、間違いなく危険な存在だった。
これまで出くわしたことのないほど邪悪な存在だったような気がする。

いまこうして無事でいることに感謝しなくてはいけない。
本当は私が断末魔の声を森中に響かせていたはずなのだ。

森を進んでいくと高い崖に突き当たった。
目の前に壁のように立ちふさがり、行く手を阻んでいる。

見上げると空はもう真っ暗だった。
すっかり日が暮れてしまい、森に夜が訪れていた。

私は体を休める所を探そうと思った。
ずっと歩いてきたので体がクタクタだ。
どこか横になれるような所はないだろうか。

崖沿いに歩いていくと暗いトンネルのような穴を見つけた。
それほど大きな穴ではない。
私でも身を屈めないと入っていけないぐらいの大きさだ。

近づいてそっと中を覗き込んでみる。
真っ暗で奥の様子はまったくわからなかった。

ここなら雨風がしのげそうだ。
私は身を屈めて中に入ってみた。

しかしすぐに足を止めた。
奥から何か聞こえた。

何か気配がする。
暗闇のすぐ向こうに誰かがいる。


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