さまよう生者たち(2)


わたしは再び歩き出した。
歩いていれば何か思い出すかもしれない。
前へ進み続けていれば答えに辿りつくかもしれない。

これまでと変わらない歩幅と歩調で道を歩いていった。
頭にはいくつもの疑問が浮かんでくる。

いつから記憶がないのか。

憶えてることは森を歩いて来たということだけで、
それより過去が何も思い出せない。
この森に入り込む前はどこで何をしていたのか。
記憶を辿っていくが視界はすぐにぼやけてしまい、
入り口をほんの少し入っただけでもう進めなくなってしまう。

もっとも古い記憶でも10分ほど前のものだ。
いや、1時間ぐらい前のことも憶えてるような気もする。
わからない。

どちらにしろ森を歩いている記憶には変わりはない。

森が突然途切れ、風景が一変した。
大きな川が突如目の前に出現し、行く手をさえぎっていたのだ。
川はゆっくりとした速度で流れ水面が少し波打っていた。
水が濁っておりキレイな川ではないのだが、
視界が開けたことが心を軽くしてくれた。

わたしは足を速めて川辺へと進んだ。
すぐそばまで来ると川はそれほど深くはないことがわかった。
濁った水越しでも川底がみえた。

川の中ほどはどうかわからないが、
川幅が大きい割には水深はそれほどないようだ。

対岸には森が広がっており、あちらに渡っても今まで歩いてきた風景と
それほど変わらないように感じる。

わたしの頭の奥の方から悲鳴が聞こえてきた。
それはわたしの中で鳴っていた。
悲鳴の主はわたしだ。
痛みと苦しみで切り裂かれるような声を上げている。

そこではじめて自分が死んだことを悟った。
何かを思い出したというわけではないが、それでもはっきりとわかった。

わたしは死んだのだ。

それは揺るがしようのない事実として胸に収まった。
ここは死んだ者が訪れる世界らしい。
目の前にあるこの大きな川はいわゆる…

あたりを伺ってみる。
渡し舟でも登場するかもしれない。

しかしそれらしき影は見えない。
およそ誰かが迎えに来るような雰囲気ではない感じだった。
ただ大きな川があり、静かに流れている。

わたしは川辺に腰を下ろした。
自分のからだを確かめてみるが痛んでいる場所はない。
かなりの損傷があってもおかしくない死にかたをしたのかもしれないという
予感を感じる。

頭で鳴っていた悲鳴はもう聞こえない。
しかしあの感じからすると穏やかな最後ではなかったであろうと予測がつく。

傷ひとつないカラダをさすってみる。
自分のからだを少し愛おしくかんじる。

そうやってしばらく川辺でカラダを休めていた。
しかしやはり渡し舟が迎えに来てくれる気配はない。

初めてのことだし、何の予備知識も持ち合わせてはいないが、
誰かが迎えに来なくてはいけないのではないのだろうか。
担当の人というか、案内人というか。
こちらはいったい何をどうしていいのかサッパリわからないのだ。
初めてのことなんだから。

わたしは立ち上がった。
ずっとこうしていても仕方がない。
かと言って今まで歩いてきた道をまた戻っていく気には到底なれない。

渡るしかない。

そう思いながら川を眺める。
歩いて渡れるかどうかはやってみないとわからない。
だめなら途中で引き返せばいい。

わたしは靴を脱ぐ。
見慣れない靴だ。他人のものを使わせてもらってるらしい。
着ている服もすべてそうだ。
どれもわたしの物ではない。

準備を整え、川縁に立つ。
もう一度川と向こう岸を入念に眺めた。
渡ってしまったらもうこちらには戻ってこれないかもしれない。
向こうにいったら本当に最後なのかもしれない。

わたしは足を水につけ水面をかき回してみた。
水はそれほど冷たくはない。
渡れるような気がする。

もう片方の足も川に入れた。
やはり水深は深くない。
水はすねのあたりまでしかこない。

わたしはゆっくりと向こう岸を目指して歩き始めた。
後ろを振り返ることもなく、ひたすら前だけ見つめて。


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