暗黒の世界(8)


オバさんを見つけたのはひとつ下の階だった。
真っ青な顔をしていた。
鍵が見つからないことで取り乱している様子だった。
私は急いで事情を説明した。
その時点で残り時間はもう30分を切っていると思われた。

オバさんは生気を取り戻し、説明もそこそこに走り出した。
私も後を追いながら説明を続けた。

崖はオバさんが先に降りていき、私が後に続いた。
途中でブザーとアナウンスが聞こえてきた。

「あと15分で館内の電気は完全にストップします。すみやかに脱出してください」

同じ言葉を繰り返す音声を聞きながら、
私とオバさんは崖を降りていった。

黒くて大きな機械のあいだを走り抜けると、
オバさんは金網の廊下もすごいスピードで走り抜けた。
途中で揺れが襲ってきたが、オバさんは気にもかけていない様子だ。

さっきの転落の記憶が残っていたので、
私は走ることができなかった。
周りの様子を確かめながら、壁づたいにゆっくりと進むことしか出来ない。

やっと廊下を越えて部屋に到着すると、
オバさんはすでに卵に乗り込んでいた。
運転席に座り、電光パネルを操作している。

「わかる?オバさん」
「大丈夫。あたしこう見えてもプログラマーだから」

その言葉どおりオバさんは画面をタッチしながら、
どんどん操作を進めていく。

電光パネルが電子音を発した次の瞬間、
卵はまるで目を覚ましたように振るえはじめた。
空気を切り裂くような音が響き渡り、エンジンがうなり声をたてて回り始めた。

「すごい。エンジンがかかった!」
オバさんは誇らしげな顔を私に見せる。「このぐらいは出来ないとね」
「操縦かんがないけど、これどうやって運転するの?」
「このサイドブレーキみたいなレバーを引き起こせば発射するみたい」オバさんは座席の横のレバーを叩いた。「あとは自動で地上まで飛んでいってくれる」
「ロケットみたいだね」
「そうだね。向こうと違ってこっちは脱出用のロケットといった感じかな」

エンジン音がどんどん甲高くなっていく。
今にも天に昇っていきそうな勢いだ。

「憂も乗りな」

言われて私も乗り込んだ。
車内は狭かったので、オバさんの膝の上に座る格好になった。
かなり窮屈だが、少しの辛抱だ。

「あと10分で館内の電気はすべてストップします。すみやかに脱出してください」

オバさんは電光パネルをまた操作しはじめたので、
私が代わりにドアを閉めることにした。
取っ手を握って勢いよく横にスライドさせる。
しかし固くてドアが閉まらない。
おかしいなと思いもう一度試す。
だがやはりスライドドアはビクともしない。

「オバさん。このドア固い」

オバさんは返事もせず電光パネルと格闘してる。
前かがみになって真剣な表情でパネルをタッチしながら、
必死に文字を打ち込んでいる。
額には薄っすらと汗をかいていた。

「どうしたの、オバさん」
「まずいな」
「何が」

オバさんは操作をやめて体を起こし、息をはき出した。
電光パネルにはアルファベットが並んでいる。
私には何が書いてあるか読めなかった。

「オバさん。このドア閉まらないよ」

私はもう一度チャレンジしてみた。
やはりビクともしない。

すると、オバさんが立ちあがって卵を降りた。
外に出るとこっちに振り返り、
ドアに手をかける。

オバさんが閉めようとすると、ドアは簡単に動いた。
重そうな音をたてながらスライドドアが閉まる。
途端に空気の流れが止まり、音が止んだ。
さっきまでやかましく鳴り響いていた建物の軋みは遠ざかり、
小さく鳴らしたテレビの音声のようにくぐもった感じでかすかに聞こえてくる。

オバさんは怒ったような表情でドアを開けた。
入ってきた騒音がさっきよりやかましく感じられた。

卵に乗り込むと、オバさんは中からドアを閉めようとした。
だが、閉まらない。
閉まらないというより、ビクともしない。

オバさんはふたたび卵を降りる。
そしてドアを閉める。
ドアはスムーズにスライドし、しっかりと閉まった。

「あと5分で館内の電気はすべてストップします。すみやかに脱出してください」

アナウンスが告げた。
3回繰り返すのを待ってから、私は言った。

「はやく脱出しないと、電気が止まってしまよ」

閉じられたスライドドアの向こうで
オバさんは下を向いたままうなずいた。2回ぐらい。

「オバさん」
「憂。聞こえる?」
「聞こえるよ。小さくだけど」
「そのロケットね、一人乗りなんだ」

それは見たときからわかっていた。
車内が狭いし、座席がひとつしかない。

「二人乗ると発射できないんだ、それ。ドアすら閉まらない」

オバさんはずっと下を向いていた。
顔を合わせないようにしていた。
下でどんな表情をしているのだろう。

「なんとかならないの?」
「何とかしようと必死にやってみたけど、それ無理なんだ。設計上ひとりしか乗れないようになってる」
「オバさんプログラマーでしょ」
「あたしだって何でも出来るわけじゃないよ」

電光パネルは眩く光ってる。
たくさん並んだ文字が模様みたいでキレイだった。

「あとはレバーを引けば発射する状態にセットしといた。地上までそれほど時間はかからない」
「どうするの?」
「だから、レバーを引くんだよ。その前にシートベルトだけはしっかり絞めときなよ」
「どうるすの?」
「レバーを引くんだよ」
「どうするの?」
「だから!レバーを引くんだよ!」オバさんは顔を上げた。「仕方ないだろ!ひとりしか乗れないんだから!どうやっても無理なものは無理なんだよ!」

怒りに燃えるような目をしていた。
怒ってはいないのかもしれない。
怖くはなかった。

「オバさんは、どうするの?」

言いたかった言葉を私がやっと口にすると、オバさんは黙ってしまった。


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