暗黒の世界(7)


スライド式のドアを開けてみた。
卵の形をした脱出艇の中は狭かった。

座席はひとつだけ。
操縦かんはない。
オバさんの言っていたアクセルやクラッチやブレーキも見あたらない。

何かに使うレバーが座席の横にひとつ付いてる。
あとは電光パネルだけ。
ボディーは透明で、機体後部の大きなエンジンが丸見えだった。

電光パネルをのぞき込むとアルファベットの文字が
ビッシリと並んでいた。
日本語は見あたらない。
何が書かれているのか私にはさっぱりだ。
オバさんに読んでもらおう。

地震がひどくなり、轟音が部屋にひびきわたる。

卵がガタガタ揺れ、天井へと伸びている脱出通路が音を立てながら軋んだ。
もし途中で折れてしまったらどうしよう不安で、
揺れが治まるまで上を見上げていた。

「エネルギーが残りわずかです。あと1時間で電気は完全にストップします。1時間以内に脱出してください」

アナウンスが今までと別のことを喋った。

電気がもう残りわずか・・・
あと1時間で電気が完全にストップするようだ。
そうなってしまったら卵も発射できなくなるだろう。

女性の声は同じ言葉を3回繰り返した。

もう時間がほとんど残されていないことがはっきりした。
私は卵のそばを離れ、金網の廊下へ走った。
早くオバさんに知らせないと。

電力がもうあとわずかしか残っていない。
その前にあの卵でここを脱出するんだ。

金網の廊下も走って渡った。
あと1時間しかないのだ。

またもや大きな揺れが襲ってきた。
今度のやつはかなり大きい。

床が抜けた。
地面が落ちていく。
踏みしめるものがなくなった足が宙を泳ぐ。

はずれた金網の床が下に落下する。
落とし穴に落ちたように私の体も落ちていく。

壁に見える雨どいのようなパイプに必死で手を伸ばした。

それは電線の束だった。
一瞬私の全体重を支えてくれたが、天井の所から
ちぎれてしまう。

電線もろともふたたび落下する。

壁の留め金が、
電線がはがれるのをかろうじて食い止めた。

落下が急停止し、電線をつかんでいた両手に全体重がかかる。
衝撃で手を離しそうになったが、必死に電線にしがみついた。

金網の床だけが暗闇に吸い込まれていった。

少し間をおいて、
地面に叩きつけられる大きな音が返ってきた。
地球が爆発するような、すさまじい轟音。

音はすぐには止まず、反響音をあたりに撒き散らす。
金属の苦悶の声のような不快な音だった。

私は電線にぶら下がって宙吊り状態になっていた。
見上げると、床は2mほど上空にあった。

深い井戸に落ちてしまったような錯覚に襲われた。

両腕を使って電線をよじ登る。
しかし腕だけの力で昇っていくのは思ったより大変だった。
少し昇ったたけで腕がしびれてきた。

私は登るのをやめた。
腕の力を使い果たしてしまったかのように、
力が入らなかった。
電線につかまっているのもやっとの状態だ。

握力がどんどん失われていくのがわかる。

大声で助けを呼ぼうかと一瞬考える。
しかしここからオバさんまで声が届くはずがない。
体力を消耗するだけだ。

周囲を見渡してみた。

薄暗い闇しかなかった。
宙に浮いているのだ。
下は真っ暗で地面は見えなかった。
地獄の入り口にぶら下がっているみたいな気分だ。

手に力が入らなくなりつつあった。
両腕がプルプル震えてきた。

私は全力で体重を支えた。
手や腕が耐え難い痛みに襲われ始めた。
言いようのない息苦しさを感じる。

意識がどんどん遠のいていくのがわかった。

もうすぐ落ちてしまう。
せっかく脱出艇を発見したのに。

私は外の世界に思いをはせた。
光があふれる地上の世界を。
そこには何があるのだろう。どんなふうになっているのだろう。
頭には何も浮かんでこなかった。
暗黒の世界しか知らない私には、光しか思い浮かばない。
まばゆい光。
キラキラとした光の粒子。

足音で私は我に返った。

金網の廊下をこっちに向かってくる靴音が頭上に響く。

「オバさん!」

私は大声で叫んだ。

「ここだよオバさん!床から落ちちゃったんだ。早く来て!」

靴音が真上で止まった。
すぐに電線ごと私の体を引き上げ始める。
私は最後の力を振り絞って電線を離さないように頑張った。
かなり重いはずだけど、どんどん上に引き上げられていく。
オバさんは予想以上に力持ちのようだ。

手を伸ばしてくれたので、私はそれをつかむ。

つかんでから、その腕がオバさんのものではないことに気づいた。
大きすぎる。
オバさんじゃない。
これはオバさんの手じゃない。

大きな手が私を引っ張りあげる。
一瞬だけその人を私は見たような気がした。

「エネルギーが残りあとわずかです。電力停止まであと40分。すみやかに脱出してください」

ブザーと女性のアナウンスで私は目を覚ました。
アナウンスはやはり同じ事を3回繰り返す。

頭が少し痛かった。
目を細めながら体を起こしてみる。

目の前には崖があった。
梯子が一本上に伸びている。

私は体を起こし、あたりを見回す。
人の気配はない。
黒くて大きな機械が整列して並んでいるだけだった。

腕にはまだ握られたときの感触が残っていた。
力強く私の体を引き上げた、あの感触が。

手のひらはすりむけて血がにじんでいた。
電線の跡のように血の筋が出来ていた。

私は起き上がると梯子を登って上へ戻り、急いでオバさんを探しに行った。
あと40分で電気が完全に止まるとアナウンスは言っていた。
はやくオバさんを見つけないと。


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